降り注ぐ焼夷弾、家族全員奪われ 高松空襲77年 戦禍の記憶訪ねて

高松空襲で焼け野原となったままの1945年秋の高松駅周辺=高松市平和記念館提供  1359人が命を落とした高松空襲から4日で77年となる。ロシアのウクライナ侵攻など、世界では今も戦争や紛争が絶えない。国内では戦争を知らない世代が多数を占める中、高松空襲の証言を基に私たちの身近にあった戦禍を見つめてみた。「大阪大空襲の体験を語る会」解散へ両親の遺体に食い込んだ焼夷弾 「父母の遺体には焼夷(しょうい

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